定石と複雑性(スタッフS)


実は、私は一年半ほど前に、一日だけ囲碁に挑戦したことがあります。この一日だけ、というところがミソです。
というのも、私は、19✕19という碁盤の広大さと、そのどこにでも打ってよい(着手禁止点を除いて)というルールにすっかり戸惑い、いえ、苛立ってしまい、「私になんか馬鹿にはできない!」と、一日でやめてしまったのです。
 このルールのシンプルさと自由性の高い点において、囲碁というゲームは無限大とも思えるような可能性に開かれているといえますよね。
覚えたての頃は、この自由さに苦労する、または、かつての私のように挫折するんです……。
では、このどうしようもないほどの複雑性を前にして、どのように対処すればよいのでしょうか? 
その一つの解法は、先人たちの知恵を借りることです。大昔から続く研究によって、恐らくは最善に近いであろう打ち方がわかってきています。その打ち方、つまりは「定石」を頼りにすれば、次に打つべきおおよその場所、あるいは打たれるであろう場所を想定することができます。その意味で定石を知ることは、囲碁をスムーズに進めるための近道であるといえるでしょう。(私は定石をまったく勉強していませんので、大きな声では言えませんが、おそらくそうなのでしょう!)
この定石を知った途端、そのどうしようもない複雑性は一瞬にして縮減されるように思えます。しかし定石は、白石と黒石がほぼ対等な形になる別れを示した図です。ですので、定石通りに打ち続ける限り、優勢にはなれません。ときには、定石に外れますが、しかし現状況ではそれ以上ないオリジナルな一手をひねり出さねばなりません(藤沢秀行先生はこれを強く勧められたそうです)。それに定石は序盤から中盤、しかも盤の四隅に限られたもので、終盤に向けての定石や、盤上中央部の定石はそもそも存在しません。
ということは、いつかは、無限に開かれた可能性の中から自分の答えを見つけ出さねばならないということです。
「常識」に縛られていてはいけない、とはよく言われるフレーズではありますが、それは囲碁においても同じなのかもしれません。囲碁の世界でも、また現実の社会でも、結局考え続けることが大切であると言えるのではないでしょうか?

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